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二宮町の歴史と文化をたどれます。
数多く残された、先人たちの歴史の足跡をたどり、
素朴な庶民の信仰と民話の歴史をたずねます

川勾神社
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川勾神社は、二宮明神社ともいい、二宮全町の氏神で相模の二の宮といい、一の宮寒川神社につぐ旧社です。
その創建は大和朝廷がこの地を師長の国とした時代、第11代垂仁天皇の勅命を奉じて創られたと伝えられます。昔から皇室を始め、鎌倉武士団の崇敬が深く、小田原北条氏の時代には小田原城の鬼門除守護神として保護されてきました。現在も境内は、木々に抱かれた静かなたたずまいを見せています。
二宮町山西2122
TEL0463-71-0709

吾妻神社
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吾妻神社は、吾妻山公園の展望台下に位置し、梅沢の氏神様で、縁結びの神様として信仰されています。言い伝えによると、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の途中、三浦半島走水から海路上総に渡ろうとすると、突如として暴風が起こりました。その時、妻の弟橘媛命(オトタチバナヒメノミコト)は海神の怒りを鎮め、あわせて夫の武運を祈って海中深く身を投じると海はたちまち穏やかになりました。7日後に命(ミコト)の櫛が海辺に流れつき、それを埋めて命の在りし日を偲んだ場所が吾妻神社であったと伝えられています。
二宮町山西896付近(吾妻山公園内)

徳富蘇峰記念館
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徳富蘇峰記念館はその名の示すとおり、明治、大正、昭和の三代にわたり、言論・出版など幅広く活躍した徳富蘇峰翁の蔵書、原稿、揮毫(キゴウ)、書簡、遺品が多数収蔵・展示されています。日本史研究の資料館としても貴重な存在であるこの記念館は、昭和44年5月蘇峰の秘書を晩年の17年間努めた塩崎彦市氏によって氏の邸内に建設されました。氏の死去にともない、徳富蘇峰記念塩崎財団が設立され、博物館として引き続き遺品の類を保存、一般公開しています。

二宮町二宮605
0463-71-0266(10:00〜16:00)
月曜休館(祝日の場合は翌日休館)年末年始・夏季1週間休館日あり
一般700円/高校・大学生500円/中学生以下無料
駐車場わずか

徳富蘇峰記念館ホームページ

浄源寺
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山号を宝林山光明寺といい、浄土宗芝増上寺の末寺です。むかしは浄円寺という小寺でしたが、1615年乗応上人が入山され、浄源寺と改号されたといいます。本尊は阿弥陀如来像で町の重要文化財になっています。この像は漆箔の古色仕上で乗応上人のおり、平塚の土屋から移されたとも、土屋の大野善九という人が奈良地方へ遊びに行き相撲に勝って手に入れたともいわれています。その「円い顔、眉や目のなめらかなカーブ、豊かな頬、胸から腹にかけてたっぷりとした肉取りなど、本格的に仕上げられた関東に数少ない平安彫刻である」と専門家の評価も高いものです。
二宮町一色765

等覚院
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旧東海道、梅沢橋跡のたもとにたって見上げる坂を登ったところに梅沢山等覚院、別名藤巻寺という古義真言宗の寺があります。本尊は不動明王および両脇侍像で、その他にも多数の仏像が置かれています。薬師堂の前には町の天然記念物に指定されている古いフジの木があります。また、この寺の梵鐘も町指定の重要文化財で、もとは吾妻神社の別当坊千手院にあったものと伝えられています。町内に現存するものの中では最も古い梵鐘です。
二宮町山西793

西光寺
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川勾神社の南、切通しの手前にあり、鎌倉時代に大僧都快實の開山になる真言宗東寺派の由緒ある寺です。本尊は與教大師作といわれる不動尊で、寺宝として木造釈迦如来、観音像、涅槃(ネハン)像三宝院流敷曼茶羅等があります。境内には町の天然記念物に指定されたかやの大木があり、樹齢は500年といわれています。
二宮町川匂230

ガラスのうさぎ
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二宮駅の南口にガラスのうさぎを抱いた少女の像があります。第二次世界大戦時に空襲においてこの二宮駅で父を失った少女時代の悲惨な体験を綴った高木敏子さんの小説「ガラスのうさぎ」の中で、けなげに生きる少女を温かく励ます二宮の人たちの様子がせめてもの救いとして語られています。二度と戦争はあってはならないと、永遠の平和を願う多くの人々の浄財によって昭和56年にこの像は建てられました。

ガラスのうさぎサイトへ

伊達時彰徳碑
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明治維新以降、この地域の発展と社会福祉の増進に功績のあった一人に伊達時がいます。時は啓蒙思想家として福沢諭吉の影響を受け、民権運動の担い手の一人として国政にも参加しました。二宮駅の開設、秦野二宮間の交通網の整備、郷土の教育に尽くした功績を永く後世に伝えるため、町民有志により昭和26年、二宮駅南口に「伊達時彰徳碑」が建てられました。この顕彰碑の碑文は、明治・大正・昭和に活躍した言論人、徳富蘇峰による筆です。

東海道一里塚の跡
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徳川幕府は全国の交通網の整備を図り、伝馬制を定めました。東海道の五十三宿にも36町ごとに道の両側に相対して一里塚が設けられました。「江戸より十八里」の一里塚が二宮にも築かれ、その跡が、茶屋の川勾神社入口の国道1号線沿いにあります。この一里塚から大磯寄りの梅沢は「梅沢の立場」と呼ばれ、小田原と大磯の間の宿として賑わいを見せました。

曽我兄弟の墓
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知足寺の境内西方の丘に、室町時代の『曽我物語』で有名になった曽我兄弟と二宮弥太郎朝定夫妻の大きな自然石の墓石があり、土地の人は「曽我兄弟の墓」と呼んでいます。兄弟は建久3年(1192)5月父の仇工藤祐経を討って永年の本懐を遂げ、討ち死にしました。その後姉は出家し、ねんごろに兄弟の菩提を弔いました。
二宮町二宮1091

ふたみ記念館
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ふたみ記念館は、二宮町の観光の中心となっている吾妻山公園の西に位置し緑に囲まれた中に建っています。自然との調和を基本とし、緑の中で芸術に親しみ、その中で新しい発見や感動を提供する町文化振興施設の西の拠点になります。今後、二宮に生まれ育った画家、二見利節の作品その他関連する資料を収集、保管、展示し、その功績を顕彰するとともに、ゆかりの芸術家や優れた美術作品を紹介してまいります。

二宮町山西1953-1 
0463-70-3210(10:00〜16:00入館は15:30までに) 
休館日/月・火(祝日の場合は翌日休館) 
料金/一般200円(中学生以下無料)
駐車場/あり

二宮町ふたみ記念館の紹介サイトへ

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