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歴史と文化 No.3
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徳富蘇峰記念館 J

徳富蘇峰記念館はその名の示すとおり、明治、大正、昭和の三代にわたり、言論・出版など幅広く活躍した徳富蘇峰翁の蔵書、原稿、揮毫(キゴウ)、書簡、遺品が多数収蔵・展示されています。日本史研究の資料館としても貴重な存在であるこの記念館は、昭和44年5月蘇峰の秘書を晩年の17年間努めた塩崎彦市氏によって氏の邸内に建設されました。氏の死去にともない、徳富蘇峰記念塩崎財団が設立され、博物館として引き続き遺品の類を保存、一般公開しています。

ガラスのうさぎ K

二宮駅の南口にガラスのうさぎを抱いた少女の像があります。第二次世界大戦時に空襲においてこの二宮駅で父を失った少女時代の悲惨な体験を綴った高木敏子さんの小説「ガラスのうさぎ」の中で、けなげに生きる少女を温かく励ます二宮の人たちの様子がせめてもの救いとして語られています。二度と戦争はあってはならないと、永遠の平和を願う多くの人々の浄財によって昭和56年にこの像は建てられました。

伊達時彰徳碑 L

明治維新以降、この地域の発展と社会福祉の増進に功績のあった一人に伊達時がいます。時は啓蒙思想家として福沢諭吉の影響を受け、民権運動の担い手の一人として国政にも参加しました。二宮駅の開設、秦野二宮間の交通網の整備、郷土の教育に尽くした功績を永く後世に伝えるため、町民有志により昭和26年、二宮駅南口に「伊達時彰徳碑」が建てられました。

東海道一里塚の跡 M

徳川幕府は全国の交通網の整備を図り、伝馬制を定めました。東海道の五十三宿にも36町ごとに道の両側に相対して一里塚が設けられました。「江戸より十八里」の一里塚が二宮にも築かれ、その跡が、茶屋の川勾神社入口の国道1号線沿いにあります。この一里塚から大磯寄りの梅沢は「梅沢の立場」と呼ばれ、小田原と大磯の間の宿として賑わいを見せました。

曽我兄弟の墓 N

知足寺の境内西方の丘に、室町時代の『曽我物語』で有名になった曽我兄弟と二宮弥太郎朝定夫妻の大きな自然石の墓石があり、土地の人は「曽我兄弟の墓」と呼んでいます。兄弟は建久3年(1192)5月父の仇工藤祐経を討って永年の本懐を遂げ、討ち死にしました。その後姉は出家し、ねんごろに兄弟の菩提を弔いました。

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